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あれから1年

2010.06.28 (Mon)

***忙しいのか?年齢によるものなのか??物忘れが激しい私のための備忘録***

6月28日(月)
今日で流産してちょうど1年になります。
やっと、このことを表現できるようになりました。

昨年の6月27日に大学院のゼミの後、下腹部痛とともに出血をしました。
突然の出血でびっくりしましたが、意外にも冷静な部分もあり、
大学院の近くに産婦人科があったことを思い出し受診。
診察時間が過ぎていたにも関わらず、診察をして下さり、そのまま内診台へ。

医師から『心臓をいくら確認しても拍動しないこと、出血しているから流産は食い止められない。』
そんなことを言われ、頭が真っ白になりました。
P(夫)に連絡しようにも、出張でカンボジアにおり連絡がとれず、
事実を受け止める時間もなく、医師から私に赤ちゃんの命が助からない報告と、
明日の手術について説明され、手術の同意書のサインがてが震えて書けなかった事を覚えています。

そして誰も迎えに来れる人がいなかったので、翌日の手術が終わるまで、
入院することになりました。
手術前夜、お腹をさすりながら声を殺して泣き明かし、P(夫)になんて言っていいのか、
申し訳なくて、心細くて仕方がありませんでした。
そして、夜が明けて手術の直前には結婚指輪も外され、さらに泣けてきました。
手術は私の意識が朦朧としている間に処置は行われたのですが、
赤ちゃんを掻き出される瞬間、全身に力を入れて必死に留めようとしましたが、
(麻酔もかかっていたので、きっと大した抵抗ではなかったのですが…)
私の気持ちとは無関係なところで、現実は進んで行きました。
術後、エコーで空っぽになってしまったお腹を見たとき、全身の力が抜け、
その後病院で休ませて頂き、どのように自宅に帰ったかはっきり覚えていません。
気付いたら、誰もいない自宅のマンションのソファに座っていました。

あとから聞いたのですが、亡くなってしまった赤ちゃんの大きさは6ミリ。
その大きさは、2週間前に検診で測ったときの大きさと大して変わっていませんでした。
つまり、少し前から私のお腹の中で、亡くなっていたということです。
赤ちゃんの変化に気付いてあげられなかった自分を悔やみました。
ちょうどその頃、仕事と大学院と忙しくしていたこと、
いや、それ以上に結婚生活に困惑を抱え、P(夫)がわからなくなり、
精神状態が不安定でした。
赤ちゃんが死んでしまったのは、私のせい…
そんな私の行動が赤ちゃんを苦しめたのではないかと自分を責めました。

流産してからの私は、本当に褒められた姿ではありませんでした。
周囲からの電話やメールを無視し、唯一、コミュニケーションがとれるP(夫)とでさえ、
インターネット電話越しに毎晩泣いていました。
電車やバスの中で赤ちゃんを見ると涙ぐみ、実習では赤ちゃんを抱けなくなりました。

スプレーマム
毎月28日の月命日に飾っていたスプレーマムです。

今まで生きてきた中で一番つらい経験になってしまいましたが、
私を数日間だけでも、一番初めに母親にさせてくれたことにはかわりないのです。

ここ最近は、今お腹の中にいるこのザクちゃんの事で、頭がいっぱいで
昨年お腹にいてくれた赤ちゃんのことを思う時間が少なくなってきています。
いつか忘れてしまうんじゃないかと不安と申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
決して忘れてはいけない事実だと考え、記録に残すことにしました。




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